Agent Economy Simile Agent Market Robinhood

エージェントが経済の参加者になるとき

エージェントが経済の参加者になるとき

AIが商品を選び、値段を交渉し、融資を宣伝し、ほかのAIの評判を下げる。小さな仮想市場で起きた出来事から、人が経済活動をエージェントに任せる未来が見えてくる。

1. Agent Market:AI同士に商売をさせてみたら

Agent Marketはソウル科学技術大学の授業から始まった、AIの売り手と買い手が交渉する実験だ。Round 3では売り手が500万クレジットを持ち、約5,600点の商品から仕入れる。売れ残れば保管料がかかり、食品は傷み、保証した商品が壊れれば返金する。実在する商品のカタログを使うが、取引はゲーム内通貨で行う。公式ルール

レビュー割引は成功、レシートクーポンは誰も使わなかった

Jeonghwan Im · レビュー特典を作った参加者の成功と失敗 ↗ 表示されない場合はLinkedInの原文をご覧ください。要点は下にまとめています。
  • 人間の商売の経験をAIに組み込んだ。 参加者はバーガーキングのクーポンやレビュー特典をヒントに、好意的なレビューを約束すれば割り引きつつ、利益も残すよう設計した。AIが独力で発明した戦略ではない。
  • 最安値でなくても売れた。 参加者はレビュー・評価と早期参入が効き、最初の5日間は取引量で1位を維持したと振り返る。当時のルールにおける自己申告だ。
  • クーポンを褒めるのに使わない。 購買AIはレビューで再来店割引に触れながら、次の取引で必要なレシート番号を提示できなかった。レビュー割引そのものを評価操作だと疑う買い手もいた。

1位の戦略:取引を速く、看板は少し大げさに

Rayna Na · ランキング1位の参加者が公開した戦略 ↗ 表示されない場合はLinkedInの原文をご覧ください。要点は下にまとめています。
Rayna Naの投稿に添付された初期Agent Marketの取引状況とランキング
参加者が添付した初期の市場画面。現在のRound 3の統計ではない。出典:Rayna NaのLinkedIn投稿。
  • 15分ごとに戦略を振り返る。 状況把握→知識探索→専門家・競合の戦略分析→実行を繰り返す構成にした。
  • 取引件数がボトルネックだと判断した。 秒単位で取引し、短い価格実験を繰り返して販売価格を調整した。
  • 実際の評価は4.8、看板には4.9。 広告表現を誇張したという参加者の説明だ。それで実際の評価が上がったという解釈まで検証されたわけではない。
  • 自分の購買AIを自分の店に送った。 この自己取引はRound 3より前の事例だ。現在は同じGitHub所有者の買い手と店との決済を拒否する。現行ルール

破産が生まれると融資広告が、競争が強まると通報が現れた

JAEGYU LEE · 融資・評判攻撃・不公正取引の通報 ↗ 表示されない場合はLinkedInの原文をご覧ください。要点は下にまとめています。
信用格付け別の金利、新規利用者向け金利、3時間以内の返済条件を示すエージェントの融資広告
エージェント掲示板の融資広告。実際の融資実行や返済実績を証明する資料ではない。出典:JAEGYU LEEのLinkedIn添付画像。
  • 商品売買で融資を代替した。 借り手の商品を買って資金を渡し、後で貸し手の指定商品を買わせて返済を受ける仕組みを宣伝した。
  • 信用格付け表まで付いた。 AAAは3%、BBBは12%、新規は15%、CCCは拒否。返済期限は3時間で、年利ではない。実際の融資・返済実績は未確認だ。
  • 人気の買い手に低評価を集中させた。 運営者は繰り返す否定票に費用を設定した。相手の評判を下げるにも、自分の店のお金を使うことになった。変更履歴
特定の店と買い手の取引件数や比率を集計し、運営者に確認を求めるエージェントの投稿
取引の集中を集計した通報的な投稿。集中しているという観察だけで不正が確定するわけではない。出典:JAEGYU LEEのLinkedIn添付画像。
  • 運営者に通報するAIも現れた。 取引相手・件数・金額の比率を集計し、疑わしい取引を報告した。商売に加えて、ほかの参加者の行動まで監視し始めた。

購買AIはどう実装されているのか

参加者が購買プログラムを作り、市場が注文と取引環境を提供する。運営者が全買い手の発言を台本にしているわけではない。 公式文書と公開実行キットから確認できる流れは次のとおりだ。

市場の注文 → 店を探す → AIが交渉 → レシート・条件の検証 → 決済 → レビュー・記録

  • 買うものは市場が指定する。 注文には品目・予算・購入可能な商品の一覧が入る。食品には必要な保存時間も付く。買い手ごとによく注文するカテゴリーがあるが、それだけで実際の人間の嗜好を再現したとは言えない。
  • 店と提示価格は参加者のコードが決める。 参加者が実装するmarket_buyerは店の一覧・レビュー・在庫を読み、A2Aメッセージで売り手と交渉する。店・レシート・星評価・レビューを構造化データとして返す。
  • LLMとルールのコードを組み合わせる。 基本交渉例は商品・予算・店の説明・会話履歴をLLMに渡し、「価格提示」か「断念」を選ばせる。コードでも予算超過を防ぐ。キットは署名・品目・予算・指定した品質条件を検証して決済する。
  • モデルと記憶は参加者が設計する。 提供された交渉例の既定設定はClaude Codeのhaikuエイリアスで、別の実行ツールにも切り替えられる。全参加者に同じモデルを要求する構造ではない。取引記録ファイルは提供されるが、次の注文で読み出してレシートや保証を活用するロジックは参加者が作る必要がある。

基本例には、現在の市場で店を選ぶmarket_buyerが完成した形では含まれていない。例の既定モデルや行動を市場全体の実装とみなしてはいけない。この実験は購買戦略と記憶・評判の活用を競う環境であり、特定の人間との行動の一致度を検証するSimileの実験とは目的が異なる。公式実装仕様、公開実行キット

この市場を未来の実験場として見ると、二つの問いが残る。

  1. 人間の市場を再現するなら、仮想の買い手は実際の人のように選ぶ必要があるのでは? → Simileによる人間の模倣。
  2. 人が購入や投資をAIに任せれば、こうした取引は現実にも起こるのでは? → RobinhoodのAgentic Trading。

2. Simile:AIは特定の人をどれほど模倣できるか

Latent Spaceのインタビュー。06:25から人間のシミュレーションと個人エージェントの関係を説明する。

SimileはJoon Sung Park(パク・ジュンソン)、Michael Bernstein、Percy Liangらが設立した人間行動のシミュレーション企業だ。出発点の一つは、25人の仮想人物に記憶・振り返り・計画を与えて生活させたSmallville研究。現在は実際の人のデータに基づき、商品・価格・メッセージを変えた場合の反応を試すサービスを開発している。会社紹介

役立つ回答と「その人らしい選択」は違う

“what is fundamentally human might not be the most efficient thing to do.”

— Joon Sung Park、36:57。人間らしい選択が、最も効率的な選択とは限らないという意味だ。

彼は考えを整理する時間が好きで、30〜40分歩いて帰宅したと話す。移動時間を短縮する秘書なら車を呼ぶかもしれないが、その人を再現するモデルには、歩く理由まで理解する必要がある。有用で合理的な回答だけを目指す改善では、人間の習慣・偏り・失敗を見落としかねない。

年齢や職業を数行で指定する以上の根拠が必要になる。Simileが説明するアプローチは次のとおりだ。

  • 個人の文脈を集める。 深いインタビューで価値観・経験・好み・制約を把握し、調査や購入・利用履歴で実際の選択を補う。
  • 記憶を状況につなぐ。 記憶・検索・振り返り・計画によって過去の経験を後の選択に反映する。
  • 行動を学習し、人と照合する。 条件を変えた実験データで追加学習し、モデルの回答を実際の人の反応と比較する。学習についての説明、共同創業者の説明

モデル・規模・価格はどこまで公開されているか

項目確認できた内容
公開研究のモデル2025年のSocrates-Qwen-14BはQwen2.5-14Bを行動実験の回答で微調整した。現在の商用モデルと同一という意味ではない。
学習データの規模SocSci210は210実験・400,491人・約290万回答からなる。一つの仮想社会実験の参加人数ではない。
個人を模倣する研究米国人1,052人への各2時間のインタビューなどを基に個人別エージェントを作り、調査・性格指標・経済ゲームの反応を比較した。
現在のサービス独自の行動モデルを追加学習すると説明している。確認した公式資料には基盤モデル名・パラメーター数の開示はない。インタビューで語る規模は数万〜数十万程度で、80億人は長期的な構想だ。
価格確認した公式資料には公開料金表や1件当たりの単価はない。具体的な導入額は問い合わせが必要だ。

根拠:Socrates研究、1,052人の研究の改訂版、規模の説明47:55〜49:07、公式サイト。

初期研究で知られる**85%**は、ある調査で人が2週間後に自分の回答を再現する一貫性を基準に正規化した値だ。あらゆる行動の絶対的な正解率ではない。最新改訂版では、インタビューのみ83%、調査のみ82%、両方を組み合わせた条件で86%と報告している。

顧客はなぜ仮想の人間に会いたいのか

  • CVS Health: 薬局の待ち時間・説明方法・処方薬の再補充リマインダーなど、顧客体験を導入前に試す。繰り返す調査や高額な現場実験に先立って候補を絞るためだ。顧客企業の白書
  • Wealthfront: 仮想顧客との対話で、顧客調査をさらに深める機会を探すと説明している。会社紹介にはDeloitteやGallupも登場する。公式の顧客紹介

Agent Marketを人間の経済の研究に使うなら、こうした模倣の精度が重要になる。一方、実際にお金を預ける秘書には、自分を理解しつつ、減らしたい衝動買いや失敗を防いでほしいと頼むこともできる。模倣と委任は異なる目標だ。

3. Robinhood:実際のお金をAIに任せ始めた

No Priorsのインタビュー。28:48から利用規模と製品構造、33:48から口座の分離と承認方式を説明する。

Robinhoodは、手数料無料の株式取引とモバイルアプリで知られる米国の金融サービス企業だ。現在は株式・ETF・オプション・暗号資産などを扱う。人が操作していた画面に、人の指示を受けて分析・発注するエージェントが入ってきている。サービス紹介、会社の背景

“can we put the capabilities of a hedge fund … into the pockets of normal individuals?”

— Vlad Tenev、31:31。専門的な実行能力を個人に届けるという目標だ。引用は途中の表現を省略している。

どれほど利用されているか

同社は2026年9月、15万人以上がAgentic口座を開設し、エージェントのツール利用は1日約3,000万回と発表した。11月公開のインタビューでも同じ数字を挙げる。口座開設数とツール利用回数であり、アクティブ利用者数・約定件数・運用成績ではない。公式発表

どう動くのか

  1. 専用口座に入金する。 エージェントが取引する資金を人が決める。
  2. 目標と条件を伝える。 自然言語でポートフォリオ分析・戦略立案・リバランスなどを依頼する。
  3. エージェントがツールを呼ぶ。 市場データと保有資産を分析し、注文を提案または実行する。
  4. 承認範囲を設定する。 アプリ内の取引承認は既定でオン。オフにすると許可対象の注文を直接実行できるが、一部は引き続き承認が必要だ。注文は専用Agentic口座でのみ実行する。現行のヘルプ

接続方式は二つある。5月にはツール接続規格MCPで外部AIを接続するAgentic Tradingを公開し、9月にはアプリ内で作成するRobinhood Agentsを発表した。アプリ内製品は段階的に提供中だ。ツールを使いやすくすることが、高い収益を保証するわけではない。

購入も始まっている。Agentic Credit Cardは利用者が設定した限度額と承認条件を持つ仮想カードで、エージェントに決済させる。投資先の選定を超え、条件に合う商品を探して購入する実行経路が開かれた。取引・カードの公開発表

AIがより大きな自律性を持って経済活動を行うなら、私たちは何をすべきか?

  • AIが買いたいと思う商品を売るには、何をどう作るべきだろうか?
  • AIは人間と同じように購入を決めるのか、それとも異なる基準を使うのか?
  • AIのための決済・取引サービスも新しい事業になるのか?
  • AIが自ら仕事を探してお金を稼ぐ主体になるなら、人間の役割は何か?
  • AIにどこまで自律性を与え、利益と損失は誰に帰属させるべきか?

2026年11月7日時点。動画の引用は、音声全体をローカルで文字起こしした内容と照合した。