EP 76
教育とAI: ハンミ幼稚園設立者チェ・スンジュンの考えと実践
オープニング 00:00
ロ・ジョンソク 収録している今日は2025年11月11日、ペペロデーの夜です。今日は私たちのco-hostの一人であるチェ・スンジュンさんがいったいどんな仕事をしている方なのか、その話から始めてみようと思います。
チェ・スンジュン = メディアアーティスト + ハンミ幼稚園設立者 00:06
ロ・ジョンソク 僕がスンジュンさんに初めて会ったのは2008年なんですが、もう少しで20年前ですね。その時、僕がスンジュンさんに会った時の公式タイトルはメディアアーティストでした。Microsoft XNAみたいなものを使って、ありとあらゆる不思議なものを作って見せてくださっていた時期で、聞いてみると専攻は物理で、でも他にも別のタイトルを一つ持っていらっしゃったんです。
だからスンジュンさんは、エンジニアリングのバックグラウンドをとても強く持つメディアアーティストでありながら、国民大学でも講義をされ、いろいろなソフトウェアプログラムで講演もされ、著述活動も非常に多彩で、関心がとても広く広がっているように見えるのに、見ているといつも教育に帰結するんです。そういう話を本当にたくさんされます。 それがきっかけで、私たちがポッドキャストを最初に始める大きな目的の一つも、AI時代に教育はどう変わるべきか、という点だったじゃないですか。その部分でスンジュンさんが本当に多くのcontributionをしてくださっていて。 なので今日はチェ・スンジュンスペシャルです。いわば、なぜスンジュンさんは教育にオールインしているのか、AIと教育の接点はどこにあるのか、スンジュンさんはいったい何をしているのか、こうした部分を今日は掘り下げてみたいと思います。
チェ・スンジュン 僕も質問していただいたので話してみると、僕自身が何か面白い好奇心に従って学ぶのが好きでもありますし、教育に関わる仕事もしてきました。大学では、大学生、デザイン専攻や芸術専攻の学生にコーディングを教える授業を長くやっていました。なので2010年代はそちらでの活動が多かったですし、僕は幼稚園も運営しているんです。ところが幼稚園で学んだやり方を大学教育に適用してみる、そういう何というか、面白い時間だったと思います。
教育はなぜそれほど難しく、論争的なのか? 02:25
チェ・スンジュン それで今日はどうしても、そういう話が暗に出てくる気がします。学びと教育についてどんな考えを持っているのか。まず僕はタイトルを「未来はすでにここにある。ただ、均等に分配されていないだけだ」というウィリアム・ギブスンの言葉を引用してつけてみたんですが、「教育はなぜそれほど難しく論争的なのか」というKieran Eganの文章をすごく面白く読んだことがあって、その時読んで少し安心したのが、僕だけがそう考えていたわけじゃないんだな、教育にはある種の不可能性が内在していると見る学者がいたんだな、という点です。教育って見れば見るほど本当に難しいんです。ここに図もありますが、ルソーの発達、プラトンの学問的イデア、社会化、こういうものを全部学校の中に集めて、どれも良いものだからうまくやろう、シナジーを出そうと言うんだけど、実際の現場ではそれらが互いに足を引っ張ることもあるんです。
だから深くは入りませんが、教育が持っている不可能性への共感があって、最近は多くの方が教育に関心を持っていて、教育が変わってほしいと言いますが、実際それはものすごく難しい話なんです。
AI時代、職業の攪乱が教育に与える影響 03:31
チェ・スンジュン でも教育は、僕の見るところ、この方向では自分で自分を変えられない気がします。さっき不可能性の話もしましたし、最近の現実も、多くの方がそう言うように、少し敗北感みたいなものがあるんですが、職業が攪乱されると、私たちは今AIについて逃亡者連合みたいな話をしながら、ずっとそういうイシューを扱っているじゃないですか。職業が攪乱されると、悲しいことが起きるでしょう。
ロ・ジョンソク かなり遠回しに表現してくださいましたが、職業が攪乱されるというのは、いわゆる大量解雇の時代が来ると、そう読むべきということですよね。
チェ・スンジュン そう見ることもできますし、とにかくいろいろ悲しいことが起きそうです。まだ私たちが経験していない世界が近づいていますよね。 でもそうなると、教育は攪乱されるしかないんです。職業が攪乱されるなら。そこで「再定礎」という表現を使ってみたんですが、土台石を建て直す感じです。揺らぐから。むしろまた機会を得られるのではないか、そんなことを考えています。
だからここで、既存教育の崩壊をhedgingする、つまり崩壊しないかもしれないけれど、もし崩壊するならhedgingしつつ新しい機会を模索できるタイミングでもあるんですが。そうなった時、予言的教育学に反対する勢力が再び力を得られるのではないかと思っています。
予言的教育学への批判 05:03
ロ・ジョンソク ただ、ここでいう予言的教育学という表現は少し難しいかもしれませんが、見ると、きっちり組まれたものを知識として注入・伝達する、それが悪いというより、それ一辺倒に寄りすぎている側が予言的教育学ですよね。きっちりプログラム化してマニュアルを作って、それを教えれば人はうまくやれるはずだ、と見る側。そしてそれを先取り学習まで持ち込んでやる、そういう側ですね。
ロ・ジョンソク これは韓国では注入式教育という表現が多いですが、注入式教育と予言的教育は関連がありますか?
チェ・スンジュン 関連あります。きっちり軌道に乗せて、それをずっと進ませる、そういうアプローチですね。
ロ・ジョンソク 私たちの用語で言えば supervised learning でしょうか。
チェ・スンジュン その前提条件である「知識をたくさん持っていること」は、僕はすでに攪乱されたと見ています。攪乱されるべきだと思うし、すでに始まっていることだと思います。それで僕はそれを少し別の形で解いてみたんですが、なぜそんなに早く学ばなければならないのか、という問いです。なぜいつも正解があるかのようなものを習得しなければならないのか、という疑問を僕は昔から持っていました。ゆっくり楽しく学べるのに、なぜ慌てて追われながら学ばなければならないのか。不安な未来のために、なぜ今日の満足感ある学びを犠牲にしなければならないのか。なぜどんどん動機を失っていくのか。そういうことを考えるんです。でももし結局こうなるなら、ここから次の章です。どうなるかというと。感覚的に、OpenAIだけでなくこうして全部持っていかれてしまって、中間がなくなってみんなが押し出されるなら、結局そうなるなら、ということです。
そうなった時、今のbest practiceだと信じているものを再生産すべきなのか、という悩みが出ます。正確にどう展開するか誰にも分からない不確実な領域へ行くのに、今のbest practiceだと信じる教育を再生産する必要があるのか。
ロ・ジョンソク 内申1等級を取って修能で高得点を取って、ソウルの上位大学の良い学科に行くことがbest practiceだと考えればいいですか?
チェ・スンジュン そうですね、ある意味。それは機能するでしょうか?
ロ・ジョンソク 今は分かりません。今は本当に、学生だけでなく会社員も、ジュニアもシニアも関係なく、みんなが何かしら心理的アノミーを経験している、その入り口にいる気がするんです。 何かを早く察知した人たちは、私たちの購読者の方々にもそういう先を行く方が多いので、そういう方は「これは世界が完全にひっくり返るな」という問題意識と危機意識を持ち始めた気がしますが、実際、私たちにもまだ答えはないですよね。みんなにまだ答えがない状態です。 でも何か、過去のものがこのまま続くことはなさそうだという、そういう感覚は
チェ・スンジュン 感覚はあるんです。
ロ・ジョンソク かなり広がった気がします。はい。
チェ・スンジュン
だから問いを投げてみたんです。だから今日の満足感にもう少し投資する教育を、むしろ回復する必要があるんじゃないか、機会があるんじゃないか。なぜなら分からないからです。そうであればhedgingして未来を考えながら、ずっと先へ引っ張って直進型の勉強をすることから離れて、今日の満足感にもう少し投資すれば、未来がどうなるか分からないのだから、今日満足できることの方が、まだ失いにくいのではないか、という発想をしてみたんです。なぜならそれが可能かもしれないからです。
すべての答えは幼稚園にあった: レッジョ・エミリアアプローチ 08:38
ロ・ジョンソク それで僕の論理は「私が学ぶべきすべてはすでに幼稚園で学んだ」という昔の映画があった気がするんですが。
ロ・ジョンソク ありますね。有名な映画か本かがありましたよね。
チェ・スンジュン むしろ幼児教育から学べる部分があるのではないか、という方向でこう組み立ててみました。僕たちが多くのインスピレーションを得た場所が、イタリアのレッジョ・エミリアという小さな町なんですが、そこにスタディツアーで行くと、最近は分かりませんが昔は必ずこの画像を見せてくれました。1981年に撮られた画像です。その時10か月の子どもです。今見ると写真は全部で4枚ですが、まず3枚をお見せします。
10か月の赤ちゃんと時計: 子どもは自ら仮説を立てる 09:11
チェ・スンジュン 子どもが、子どもというより乳児ですね。乳児が雑誌にある時計を手で指して、教師がちょうどアナログ時計を持っていたのでそれを見せます。次に聞かせます。でも乳児は話せないけれど表情で語って、何か好奇心が生まれた状況になりました。そして経験がありました。この次に何が起きるかというと、雑誌の紙にある時計の画像から音が出るのかと思って
10か月なので、胚から始めると20か月ほどの生命体ですね。話してはいないけれど、すでに言語を発話する以前に仮説を立てて実験することが可能だということです。そしてこの瞬間を記録に残し、その強力なイメージ、強力な意味を語る場所が、イタリアの小さな町にある教育なんです。実は小さな町というより、今は世界中からその教育を見に行きます。 そこで「子どもの100の言語」という有名な話をするんですが、彼らの話、そして私たちもそこからインスピレーションを得て似た話をするんですが、「どんな教育をしているのか」と聞くと programmazione の反対だと言うんです。
プログラムではなくプロジェクト: 予測不可能な学びのプロセス 10:43
チェ・スンジュン programmazione はイタリア語で「プログラム」という意味なんです。つまりプログラムの反対の教育をするということですね。普通、どこかで教育をしていると言うと「どんなプログラムですか?」「どんなプログラムですか?」って言うじゃないですか。決められたもの、組まれたものを遂行するニュアンスがプログラムにはよりあります。
でもプログラムではないというのが何を意味するかというと、教育に対する初期の推測は実際に授業をしてみると現実と異なり、進む中で変わるということです。人とやることだからです。だから学び、あるいは学習というものは、予測可能で漸進的な段階別にプログラムのように手順が進む一次元の問題ではないということです。そして知識の形成は集団が経験する過程である。
そして子どもは、先ほどの画像で見たように、自分だけの理論を作ります。その理論を作れる機会を前もって知らせると、むしろ奪うことになるんです。昔の人の歴史を反復することかもしれないけれど、自分でそれを考えて一度行ってみることもできるのに、先に教えるのはネタバレだということです。見つけられることはあまり教えすぎてはいけない、という哲学があります。見つけられるように支援すべきだ、そういう像を持つ教育です。
教師の役割: 迷宮の中のアリアドネの糸 12:10
チェ・スンジュン それで私たちもそこからインスピレーションを得て、私たちなりのやり方でこの図式化をしてみました。不確実な状況で子どもと教師が一緒に話し、探索し、試行錯誤を経て、「あ、これは遊びが何かになりそうだ」。私たちはそれを「遊びの種」と呼ぶんですが、そういう健全な期待がある状況でも直進ではなく、この図では曲線的に描いたじゃないですか。一気にまっすぐ行くものではないということです。うちの先生方はこの時「工夫する時間を守ろう」という表現も使うんです。考えてみられる、工夫してみられる、一度にこれを教えてあれを教えて何かを作ろうではなく、起伏を持たせる、そういう感じです。
でもあそこに点が一つありますよね。その時が子どもの話を聞く時かもしれないし、教師同士でその記録を共有しながらフィードバックを交わす時かもしれないし、保護者とそれを共有する場かもしれません。でもその時がすごく決定的なポイントなんです。なぜなら潜在的な方向を模索し、新しい方向に進める機会だからです。
だから私たちがRL編を収録した時も、ソンヒョンさんが high-entropy token についてお話しされたじゃないですか。いろいろな経路があり得る不確実な状況の時、とても決定的になり得るということです。そこで何に行くかによって推論のpathがはるかに良くなる機会があるわけです。その時に何をするかで生成の質は大きく変わるんです。潜在状態を得ることになります。だから非常に似たイメージだと思います。こうして展開しながら進んでいけるということです。複数の支流でまた出会うこともあるし、同時多発的に進行することもあります。
だからこういうものを教育界では最近よくスパゲッティにたとえます。レッジョ・エミリアだけでなく、スパゲッティのように絡み合っている部分、始まりも終わりもなく常に新しい方向へ伸びていく感じについて、教育学で語られることが多いです。学びは意味を構成していく過程だ。
それでギリシャ・ローマ神話にテセウスの迷宮がありますよね。ミノタウロスのいる迷宮。でもテセウスがその迷宮を突破できるのは、アリアドネという王女が糸を持たせてくれるからなんです。糸を持たせると迷宮の中でどこへ行ったか記録が残るじゃないですか。だから迷宮を突破できるようになる。それで彼らは教師がそういう役割を果たせると見ています。教師は糸玉を持つ人物であり、彼らは関係網を互いに編みながら相互交流とコミュニケーションを重要な経験にしてくれます。だから教師の力量と役割を強調する部分があるんです。
学びの足跡を残す記録の重要性 15:14
チェ・スンジュン 先ほども迷宮のようなものに絡めた比喩がありましたが、勇気ある航海のためには足跡を残すことが、ある意味重要になり得るんです。方向性が分かるようにもなるし、どこへ進むべきか方向性が分かるようにもなるし、どこが安全だったか、どんな実験と試みがあったかを知るにはデータを蓄積することが実は重要で、教育でもそれをすることを強調してきたのが、ずっとお話ししているレッジョ・エミリアでの試みです。
それで私たちもそこからインスピレーションを得て、1997年から記録作業を重要に考えてきました。だから僕が「未来はすでにここにある。ただ、均等に分配されていないだけだ」をそれなりに自信を持って引用するのは、私たちの事例を紹介してみようということなんですが、これは僕が参加して1997年に試みたもの、イタリアで何かを学んできた時からの記録をすべて電算化していたんです。
短く見ると、これが最初期の記録です。私たちは1984年から始めていますが、こういう形で記録したのは1997年からです。子どもたちとやったこと、交わした話、描いた絵、試みた試行錯誤、そうしたものを初めて記録として残したのがこの時でした。でもこれが今でも読める記録なんです。
それでこういうことをやっていた時、2000年代初頭にHarold Göthsonというスウェーデンで教育改革をされている方が私たちの機関に来て、「記録をうまくやっているのは分かるが、その記録は誰が読むのか?」と聞かれたんです。その時少し衝撃でしたし、返答が苦しかった。記録を一生懸命するだけで、それがどう消費されるかという構造には少し弱かった気がします。
TrelloからLLMへ: 教育記録方式の進化 17:15
チェ・スンジュン それで2010年代に入って、2008年、2010年代以前にはGoogle Docsなどを導入してそういう記録を組織内でshareできるようにはしていましたが、それをもう少し積極的にやるために2013年ごろにはKanbanシステムから着想した、Joel Spolskyでしたかね、その方が作ったTrelloというツールがあったんです。 なのでこうして何か記録を残し、それをカードで移動するようなツールを2013年から使って、遊びについて、あるいは遊びを通じた学びについての記録をしてきました。
でもこれは今、今の時代とは少し合わない気がしたんです。すごく良いんですが、開発者の方はご存じでしょうけど、Atlassianが買収すると少し良くなくなるんです。AtlassianがTrelloを買収して少し不満な部分もあり、それで去年からTrelloを離れる流れを進めてきました。 教室で起きていることを俯瞰できるツールとしては非常に優れていましたが、LLM時代ではこれをAIにすぐ入力しようという考えになりました。
それで今年の初めに作ったのが、Google Docsにそのまま入力できる簡単なエディタで、画像をdragすると適切に縮小してGoogle Docsに貼り付ければフォーマット済みの形にできるツールをバイブコーディングで作って、それからGoogle Docsが今年初めだったかタブをサポートし始めました。まだタブをご存じない方もいると思いますが、タブでこうしてずっと書けるんです。 それでいろいろカテゴリーを分けて記録を残せるんですが、先ほどのそのツールを活用して先生方がGoogle Docsに、教育がどう進んでいるかといったことを記録しています。
でも実はタブがあってもGoogle Docsはそれが一つにserializeされた状態です。すると複数の遊びの記録が複数あり、少し絡むこともあるけれど、絡まない独立した流れもあり得るんですが、そうしたものを一つの文脈に全部入れてAIにそのまま渡せるんです。Googleドキュメントをそのまま投げれば。しかもそれがあまりにも簡単にできるのが、NotebookLMでソースにGoogleドキュメントを与えると同期できるんです。文書が変わればNotebookLMも変わる。そうして教師がすぐにインサイトを得られるようにする試みもしてみました。なのでこれが今現在少しやっていることなんですが、LLM時代に適応するための試みをしているんです。
それでここで強調したいのは、こうした不確実な状況でやってみる時、記録を残すことは助けになるということです。ただ、もうお感じになったと思いますが、仕事は増えます。なぜなら記録するには写真も撮って整理して、それについて考えも書いて、時間がかかるじゃないですか。いつも悩みは「こうするといい」と分かってはいるけど、どうすればもっと簡便にできるか、でした。 つまり先ほどの段階は依然として、記録は先生がやりながら進める必要があるんです。でも記録しながら考えることになるので、確かに良い面はあるけれど、努力がかなり要る部分があります。なのでその点をまず一つ押さえておきます。
未来の幼稚園に出会う: ハンミ幼稚園見学 20:52
チェ・スンジュン これからお見せするのは実際のその環境なんですが、これを一度お見せしながらまた説明してみます。
こうして外遊び場があって、そういうのは他の機関と似ていますよね。入ると、これは僕が作業したメディアアート関連のものなんですが、子どもたちが試せるようになっていて、今これが授業時間にやるもので、授業中でも子どもたちは空間を探索できるんです。なのでさっき私たちが共有空間と呼んだ場所に出て、何かをすることが可能です。 少し進めると、ここは一番幼いクラスで、こうしてアナログな媒体を探索する姿が見られます。これは子どもたちがセロファンでさっき作ったものを、先生方が最近はVeoみたいなものを使って動かしてあげたりして
ロ・ジョンソク ビデオ、ビデオに変えてくれるんですね。
チェ・スンジュン それでそういうのを動かしてくれるんですが、必ずこうしてデジタルを活用しなければならないわけではないけれど、時々こういうことが子どもたちの動機づけになって、むしろ作ったり考えてみたりすることをうまく支援できる時があるんです。 それからこれも実は面白いんですが、手短に言うとエレベーターを作りたかったんです。子どもたちもちゃんと作りたいんです。でもできることとやりたいことの間にギャップがある状況ですよね。
遊び1: エレベーター作り 22:33
チェ・スンジュン でもそれを先生が代わりに解決するのではなく、状況設定のようなことを提案します。一緒にそれを考えてみようという状況です。 今あの男の子はあれを一度切ってみようとしたんですが、友だちに止められて少し残念だったようです。でもそういう葛藤をなくすのではなく、健全に葛藤を経験することがある意味重要になり得ます。そして今
ビデオ うん、なんで上がらないんだろう?
チェ・スンジュン 先生は解決せずに「なんで上がらないんだろう?」と問いかけてくれました。すると考えられる、工夫できる機会を得るんです。それで今はかなりそれらしいエレベーターの構造が、時間はかかりましたが、出てきたんです。その過程を今、壁に先生が展示してくれたんです。これは5歳の子どもたちがやったものですが。そういう方向性を持っていたりして
ロ・ジョンソク スンジュンさん、ここで非常に商業的な質問が一つあるんですが、この幼稚園のカリキュラム、教育課程は完全に各自で作るんですか? それとも政府や大きな教材の流れのようなものがあるんですか?
チェ・スンジュン 幼稚園は国家が許可した、唯一、遊びを通じた学びが許可された場所です。進度がありません。幼稚園の教育課程にはテキストブックがありません。
ロ・ジョンソク では、すべての幼稚園で教育課程が全部違うんですね?
チェ・スンジュン 全部違っても構わないんです。以前はそれを揃える作業をしていましたが、2019年からはそうしないことになったんです。ただ、今日は詳しく説明しませんでしたが、幼稚園もプログラム化されている場合が多くあります。
ロ・ジョンソク でもスンジュンさんの場合は、こういうプログラムは完全に自分たちで作られたんですよね?
チェ・スンジュン つまりプログラムではないということです。(子どもが)教師と一緒に創発する形になるんです。さっきの図式のように、とにかく進めてみます。こうして映像を見ると、同じ年齢でも教室ごとにやっていることが全部違うのが分かるんです。なのでこうしてディテールに視覚的に表現してみるんです。ここには絵についての話が全部あります。そしてこれを展示を通じて「環境は第三の教師だ」という表現をするんですが、それを返していく作業も先生方がしています。
遊び2: みんなで作るストップモーションアニメーション 25:17
チェ・スンジュン ここでは普通のストップモーションのように物体でストップモーションをするのではなく、体でストップモーションをやってみようというアイデアが出て、教室の一角を子どもたちと話し合ってスタジオのように変えようと合意し、教室の半分まではいかないけど1/3くらいを空けてこれをやるんです。今見るとあれを計画を立ててやっているんですが、これを最近、別の育児政策研究所の研究員2名が来られて見て、「あ、これは小学校レベルの認知状況ではないか?」と言っていました。でも遊びを通すとやりたくなるので、それが少しジャンプする傾向があるんです。だから先行学習でやるというより、やりたいからさらに進んでやってみることが起きたりします。
遊び3: 魔法の漢字メンコ遊び 26:13
チェ・スンジュン ここではメンコをしているんですが、このメンコには漢字が書かれています。「火(화)」「風(풍)」と言いながらやるとその力がメンコに入りそうだ、というアイデアがあったんです。でも漢字を書くのは実はすごく難しいことなのに、やりたいからどんどん書いてみるんです。子どもたちが。そして組み合わせてみることが起きるんです。これには今ロジックがありますよね。「逆券伝」がああいう意味だ、と。そうしたことが子どもたちの好奇心と思考を通じて発現し、教師がそれを後押しするんです。それをやり遂げられるように。
遊び4: 映像吹き替えで学ぶComputational Thinking 27:05
チェ・スンジュン ここは6歳クラスですが、さっきマイクが出てきた場面は何かというと、先生が子どもたちの描いた絵を先ほどのようにVeoに入れると8秒の映像ができるじゃないですか。すると8秒単位がレゴブロックのようになるんです。するとそれを順序再組み合わせできるじゃないですか。それで順序を再組み合わせてiMovieのようなところに入れると、子どもたちが吹き替えをするんです。計画を立てて、こう吹き替えるかああ吹き替えるか、吹き替え計画を立てて、後でまた一度吹き替えるんです。
つまり単位を持って再組み合わせるのは、ある意味とてもComputational Thinkingなんです。モジュールを組み合わせること。だからそういうことを、ある意味やってみるんです。でも子どもたちはそれをしているというより、友だちと楽しく遊ぶ過程なんです。なので知らないうちに認知的なことが、遊んでいると多くのことが起きます。
遊び5: 自然観察とMIDIお絵描き楽譜 28:11
チェ・スンジュン それから自然観察のようなこともとても重要です。こうした過程はデジタルやAIのせいで縮小されてはいけないんです。実際に経験し、体を使ってみること。だからそういうことは依然として重要ですが、同時代を生きなければならないので、今可能なものの中から健全な部分を取り入れる作業は、ある意味とても重要です。つまり学校が同時代を生きるという部分のようなものです。だから今、登園するとまずみんなひよこを見にあちらへ先に行くんでした。
そしてまたつながるのが、MIDIデバイスをつないで楽譜ではないけれど楽譜に似たグラフィックスコア、視覚的にそれを見せるものをやるといいという先生のアイデアがあって、僕がバイブコーディングで支援したんです。でも最近バイブコーディングをしているのは僕だけでなく、先生方も直接みんなやっているんです。ClaudeやGeminiを使って
ロ・ジョンソク 未来の幼稚園ですね。
チェ・スンジュン 現在の幼稚園です。すでに来ている。
遊び6: 空間で起こる遊び 29:25
チェ・スンジュン なのでここでもこうして共有空間でいろいろなことが起きていて、見ると似ているようで全部違うんです。教室と教室の境界がうちは少し緩くて行き来できるようになっているんですが、そういう点を少し強調して見せているのが今この速く過ぎる部分で、子どもたちが活動時間中に、さっき共有空間のようなところに植木鉢があったのに、植木鉢がなくなったそうです。でもその植木鉢を探すことが教育化されたんです。教育化という表現はちょっとですが、遊び化されたんです。
それでこうしてあちこち空間を探検しながら、もちろん泥棒を捕まえるための計画もありますが、他のクラスにも入ってみて、他のクラスで遊びもして、あちこち探検する。昔なら当然遊び場でこうした遊びが起きていたはずですが、最近はむしろこうしたものが少し欠けた経験なんです。だからキッズカフェに行ってももちろん遊べますが、そこではイベント的に短くやる遊びだとすれば、ここでは継続的にそれを友だちと探検できる機会が用意されていて、そこに先生方が何か計画と意味を付与しています。
遊び7: ハングルの原理を再発見する 30:40
チェ・スンジュン そしてこれはハングルについてなんですが、この渦巻きハングルが何かというと、こういうものです。リウルやピウプのように90度回すと読めないのに、180度回すとまた読めるということです。ところがこれを「渦巻きハングル」という名前で子どもたちが命名したのであって、教師が教えたのではありません。スティックのりハングルは「ㅐ」が「ㅏ」と「ㅣ」のようにぴったり付いたということです。だからストリートビューを探しながら今カラオケを見つけたじゃないですか。そこに「ㅏ, ㅣ」があったんです。だからこういうことを子どもたちが発見する。つまり学習プリントで学ぶのではなく、発見し、気づける状況のようなものを織り上げるのが教師の重要な役割で、そうすると楽しくそれを知っていくのに、実ははるかに高い質で見出せる機会もあると見るんです。
遊び8: 空間と絵の迷路 31:50
チェ・スンジュン それでこれは迷路に関するものなんですが、子どもたちが実物のコップで迷路を作ると、それがコンピュータに入って空から落ちてきた迷路になったということで、子どもたちが描いた絵と迷路を合成できるようにするのが先生の考えだったんです。なのでこれは今起きている話です。それでこうして全体空間を一度見てみました。
良いとは分かるが難しい: 探究ベース学習の拡張問題 32:27
チェ・スンジュン それでこうしたことを通して私たちが信じているのは、もう一度スライドに戻ってみると、先ほど申し上げた予言的教育学の部分にもう一度戻ってみます。お伝えしたいのは、予言的教育学には確実性への傲慢があるということです。何かを前もって予測し統制しようとする部分は間違っているのではないか。だから産業化モデルに従って標準化されたカリキュラムと細分化された目標が教室を支配することに反対する動きが、すでに1970年代にあったということです。こうしたものは子どもたちの創造性と潜在力を完全に侮辱することだと考えたわけです。だから代案として提示したのが、実験し、検証し、探究する方式で教育をしよう、ということです。でもこういうことは教育界はすでに70年代に全部知っていたんです。なのになぜあまり起きていないのでしょう?
キム・ユジン でも何も当たり前だと受け取らない探究する心を、教師が実際に受け止めるのは、すごく簡単ではなさそうです。
チェ・スンジュン 簡単ではありません。これが可能だとは分かるけれど簡単ではないです。おっしゃる通り努力がたくさん要ります。プログラムをやるのは簡単です。きっちり進めればいいので。でもこれはずっと反応型で進むので、たくさん考えなければならないし、支援も適切にしなければならないし、常に生きて動いていなければならないんです。
ロ・ジョンソク 結局、リーダーが設定する価値観に従うことになるのではないですか?
今このハンミ幼稚園も、スンジュンさんがこうしたものを哲学として設定し、それをculture gene、いわば文化遺伝子として植え込むからこそ、その中にいる方々もこうしたものを共有し、何か新しい行動が生まれても同じ遺伝子から分裂するわけなので、そういうものが広がり続けるのであって、時間もかなりかかったわけじゃないですか。 ここまで作るまでにも、スンジュンさんが哲学を設定し、それに合うチームメンバーを集め、チームメンバーというと少し違うかもしれませんが、先生方が来られて、またこれに同意しない先生方は早く去っていくわけじゃないですか。
チェ・スンジュン alignがとても重要ですね。組織の価値と構成員の価値がalignされることが。もちろんどの組織でもそうですが、ここでも本当に重要です。
ロ・ジョンソク そうなんです。僕はスンジュンさんのお話を聞くと、僕はビジネス側の人間なので、いつもそちらに置き換えて聞こえるんです。ここ幼稚園での顧客は実は子どもたちで、その子どもたちに与えるべき最善の価値について、リーダーであるスンジュンさんがどういう価値観を設定されたのか、そして未来はこう持ってこなければならないということと一緒に、先ほどおっしゃったように10年後の未来で見るようなものを持ってきてここに実装されたわけじゃないですか。
チェ・スンジュン そうですね。少し僕が残念なのは、私たちの現場を訪問する外部の教育機関や海外から来られる方もいるんですが。今日可能なことに驚くというのが、ある意味少しアイロニカルな部分があります。
でもおっしゃった通り、これが普遍的に広がらないのは、難しさが、それを実装する難しさがあるからで、僕だけがこれを考えているのではなく、うちの組織の園長先生から先生方までみんなこういう価値に整列しているからこそできるんです。そうなると組織のノウハウもすごく重要なんです。 だからブーメランのように戻ってこられる先生方が少しいらっしゃいます。やろうとしたことがうまくいかなくて。先生なしにはできない仕事であり、構成員なしにはできない仕事であると同時に、構成員もまた組織なしにはできない、そういう形になったんです。
ロ・ジョンソク そうですね。さっきスンジュンさんが、僕がその単語を忘れましたが、programmazioneと、それに対応するプログラムがない
チェ・スンジュン Progettazione。英語のprojectのイタリア語バージョンですが
ロ・ジョンソク では、projectとprogram、この2つと見ればいいですか?
チェ・スンジュン そうです。ただ、イタリア語のニュアンスではこれが調整可能な計画なので、projectと言うと単に計画ですが、相互に調整可能な計画という意味です。
ロ・ジョンソク はい、でも実は会社もその概念で二つに分けられるんです。常に他人のものを早くコピーして Better, Faster, Cheaper が組織の遺伝子である会社があり、革新、innovation が遺伝子である会社があるんです。 でも残念ながら韓国は1位企業があまり存在しない国なので、ほとんどの会社文化が Better, Faster, Cheaper なんです。 何か内部でinnovationをして、別の考えをして、そういうものを待ってあげられる文化は、残念ながらアメリカのような先進国には存在します。
でもその会社がそのinnovation cultureを受け入れるまで、最初からそうだったわけではないんです。何か Better, Faster, Cheaper で生まれた堅固な収益モデルのおかげで、そこに行ける動力を得たケースもあって、スンジュンさんがおっしゃっていたこうしたことが、僕にはビジネス側ともこう置き換わって多くの共鳴があり、学びが多いです。
スンジュンさんが子どもたちにどんな環境を与えるために何をしなければならないかを実行されていて、以前私たちが、AIが極限のleverageになって皆が平等になる世界が来たらどれほど美しいだろうかという話もしましたし、はい、こういうことが全部つながっている考えなんだなと思います。
新しい職業の創出: アトリエリスタとペダゴジスタ 38:02
チェ・スンジュン でもこれが今日の文脈に合うか分かりませんが、実はイタリアでこれを少し試みたことが、その町ではうまくいくけれど、全域でうまくいくわけではないんです。
でもその町で面白い取り組みがありました。何かというと、職業を創出したんです。教師以外の職業。二つの職業があって、アトリエリスタという職業とペダゴジスタという職業を創出したんですが、アトリエリスタは各機関に一人いる、教師ではない専門家、芸術家です。僕はアトリエリスタではありませんが、僕のような人が各機関にいるんです。別の形で。だから職業創出をしたことが実は非常に大きな違いです。外部の視点を引き込み、それを融合するのは簡単なことではないですが、それをやるんです。
ペダゴジスタは教育の専門家として、各機関にいるわけではなく3〜4機関ごとにいます。韓国の奨学士の概念とは少し違います。とにかくそれが重要なポイントの一つです。なのでとにかく仮説を立て、子どもと教師が一緒に仮説を立てて検証する、生きた実験室を志向する文化があったということです。でもこれにはscale-upの問題があるんです。
AIでスケールアップする教育イノベーション 39:20
チェ・スンジュン 僕が冒頭で大学で実験してみたと言ったじゃないですか。はい、それで僕なりに少し面白い授業をしたと自評しているんですが、幼稚園で学んだこと、またIT、agile文化で学んだことをかなり試しました。 その話だけ詳しくはしませんが、その時少し病気になりました。なぜなら頑張りすぎたからです。幼稚園で学んだ方式でやると、記録もしてフィードバックして方向調整もして、小集団の人たちとも積極的にやろうとして、うまくやろうとしましたが、これは大変ではありました。
ロ・ジョンソク 参加対象者、教育対象者が幼稚園児と同じ状態ではないですからね。
チェ・スンジュン でも少しだけ言うと、僕がやった授業の中に「덕밍아웃」という授業があったんです。はい、自分が何のオタ活をしているのか、それを安全な状況で少し話したあと、一緒にそれを追求する旅程を共有する授業があったんですが、実は伝説ではなくレジェンドと語られる面白い授業の一つとして、学生たちがたくさん話してくれました。すごく面白かったと。もちろん後で相対評価をして価値が少し損なわれる部分はありましたが、とにかくそういうものは機能する。
幼稚園でやることに近いものが機能するという実験を大学でしましたが、スケールアップできない、きつい。でも今、AIがその過程をもしleverageするなら、また別の可能性が開くのではないかということです。今僕もこれについて正確な実装体を持っているわけではありませんが、記録を補助し、こういうことが起きるアイデアを一緒に議論し、その次に僕ができることについてある程度プロンプト化されて、プロンプトは常に新しく生成されるじゃないですか。
同じ入力をしても、そうしたものが学生を少しナッジできる方向にする。最近はAIが課題を代行することへの恐れがありますが、AIでleverageできる新しい可能性を見ることもできるわけです。大学教育でも高等教育でも。だからそうしたことに対するアイデアを少し発生させる必要があるということです。 でもここで重要な感覚は同時代感性だと思います。同時代に起きていることへの認識と、それを適用してみようとする、そういう部分です。
自己組織化する雪の結晶のように: 学びの本質 42:04
チェ・スンジュン それで最後に僕が持っている像をご紹介すると、これは雪の結晶が広がる様子を見せる映像です。見ると最初は六角形なのはどの雪片も似ていますが、枝が伸びるのは全部違うと言います。雪片が育つ方式は、原理を理解し、豊富な原材料と十分な空間を確保し、そのあと条件を合わせると雪片が育つのですが、学びが起こるのも似ていると考えるようになるんです。豊かに成長できる空間と、それを価値に合わせて調整しながら待てば広がるものが、ある種の学びのようなものだと。
でも僕がこの話を自分の考えだけで書いたのではなく、Dario Amodeiの言葉を活用して書いた気がするんです。つまり機械学習でもモデルは成長するじゃないですか。学習できる空間パラメータ、それからいろいろな条件を設定すると、もちろん思い通りに育つわけではないけれど、ある範囲の中でそれが自己組織化されて形成される。だから雪片の比喩を Jared Kaplan、つまり Anthropic の Chief Scientist ですよね。Scaling Lawを書いた人。その人の講演から内容を持ってきてアナロジーを作ったんです。
ロ・ジョンソク はい、スンジュンさんがよく言及されていたそういう話です。
幼稚園現場のAX: 遊び支援のためのバイブコーディング 43:32
チェ・スンジュン それで、そのように自己組織化することに同時代性としてAIの助けを受ける教育が可能だと信じていますが、まだ微弱ではあるものの、さっきちらっと申し上げたように、うちの組織では去年から先生方がバイブコーディングを始められました。もちろん全体向けに一度講演はしましたが、それだけでは起きないんですよね。
ロ・ジョンソク 当然ですよね。はい。
チェ・スンジュン これって結局AXの問題じゃないですか。最近多くの企業が没頭しているAX、私たちの場合は実はDXがすでにできている状態です。だからデータがあって、先生方がそういうものに関心を持てる状況でもあり、デジタルなツールを多く使わなければならない文化でもありました。 はい、でも一度講演しただけではもちろん機能しなかったんですが、それでもやってみようという先生方がその中で生まれて、その方々が何かやりたい時に隙間時間を使って僕が行って助けると、動き始めたんです。
その動機が同じく、子どもに動機がある時に教師が支援するように、先生が何かやってみたい自分のプロジェクトがある時、その文脈でコーディングする方法、つまりバイブコーディングする方法、コーディング方法というよりAIを使って何かソフトウェアを作る経験をしてもらううちに、今そのメーリングリストにある一部を持ってきたんですが。
先生方がClaudeでアーティファクトを作ってリンクを送ってくださり、これがこう動いたらいいということを言ってくだされば、僕が支援する、そういうことが起きていた今年でした。なので今は僕の支援なしでもそのまま作られる先生方もいらっしゃるし。見るとかなり僕も思いつかなかったような実装をするケースも出てきます。 なので今すべてはお見せしませんが、複雑なレベル、Webcamを撮って何かするといったこと、複数手順のそういうWeb appのようなものを作り出すのが見られました。なので最初に話したように、これが2025年現在、幼稚園で可能だということです。
チェ・スンジュン = ハンミ幼稚園設立者 + メディアアーティスト 45:47
ロ・ジョンソク スンジュンさんがリーダーだからこそ可能なんですよ。はい、実は今日この回を収録した理由でもあるんですが、スンジュンさんがどんなことをされているのか、私的な場でも、あるいは収録本編には入っていませんが、私たちが個人的にやりとりする話の中でもたくさん見てきたので、そういうことが僕にとって本当に多くのインスピレーションになっていたんです。 それからスンジュンさんが中で先生方と一緒に作ったプロンプトシステム、僕がコピーしてうちの会社に移植したものもあって、これが本当に面白かったんです。すごく
チェ・スンジュン 良い評価ありがとうございます。
ロ・ジョンソク 一度、スンジュンさんがどんな仕事をされているのか、じっくり整理して外にお見せする必要があるという話をずっとしてきたんですが、スンジュンさんが少しそういうことを好むスタイルではないので、ずっとタイミングを逃してきて、今回機会ができて、スンジュンさんはいったいどんな仕事をしているのか、今日じっくりご紹介できる場でした。 コメントにもありましたよ。「チェ・スンジュンさんっていったい何をする人なんだ」「チェ・スンジュンの息子になりたい」というコメントもありました。
チェ・スンジュン はい、それでとにかく僕は対外的なポジショニング、対外活動はメディアアーティストとしてポジショニングしていますから。そしてそれが幼稚園の中でも重要なアイデンティティです。なのでおっしゃったように…
ロ・ジョンソク せっかくなので、その幼稚園の広報も少ししてください。幼稚園はどこにありますか? 一山ですよね?
チェ・スンジュン 一山にあります。長い間同じ場所にいて、僕が両親がされていた仕事を引き継いでいるので
ロ・ジョンソク 一山の未来幼稚園、ハンミ幼稚園に、うちの子が幼稚園児だったら、その年齢だったら僕は通わせました。そしてスンジュンさんの話を聞きながら、僕がうちの子を教育する中で失敗していた点も本当にたくさん感じたんです。
チェ・スンジュン つまり多様な、僕がさっきhedgingという表現をしたじゃないですか。だからhedgingというのはこういう時に他のオプションも考えることなので、とにかくいろいろな可能性がある気がしますし、子どもがまさに潜在してこれから広がる世界だと見るなら、今未来が不確実な時、既存教育が崩壊することを心配するより、新しい機会はすでに潜在していた。歴史の中で。 だからもう一度予言的教育学に反対して、こういうことはとても手間がかかる仕事だけれど、AIを通じて、または同時代に可能なことを通じて、こうしたことがもっと起き得るのではないでしょうか? だから僕が考えるのは、今日の満足感にもう少し投資する教育が可能かもしれない。だからそれが大人が子どもを助ける仕事にもなり得ると思います。
AGI時代、私たち全員が幼稚園生にならなければならないかもしれない 48:46
ロ・ジョンソク はい、でも私たちはおそらく1年くらい経てば、もしかするとAGIやASI時代を議論しているタイミングが来るじゃないですか。 その時、おそらく今日の話をもう一度リキャップすることになりそうだという、少し既視感があります。 なぜなら私たちはAI時代に、もしかすると幼稚園生にならなければならないかもしれないからです。
人類全体が、今まで私たちが価値だと思っていたものが丸ごと消えてしまって、その次に私たちが生産手段のある役割を果たすことで受けていた報酬が全部無意味になる世界がすぐ来る、来そうだという確信が最近どんどん高まっているんです。 人間本来の新しい価値、もしかすると面白さが非常に重要な要素ですが
チェ・スンジュン 遊びや面白さ、こういうものがすごく重要になり得ますね。
ロ・ジョンソク これを追うために、私たちはどんな新しい価値システムを作るべきか、それに合わせて教育システムなどがどう変わるべきか、こうした議論がおそらくまもなく始まる気がしますし、スンジュンさんの幼稚園にはそういう未来が少し先に来ている気がします。
締めくくり 50:06
チェ・スンジュン はい、それで引き続き僕も現場で一生懸命試してみます。今日はここまで準備しましたが、傾聴してくださってありがとうございます。そして勇気ももらえますね。良く見てくださって。今、現在すべての幼児教育機関が募集期間です。「처음학교로」というものをやっています。
ロ・ジョンソク そうなんですね。タイミングもちょうど合いますね。
チェ・スンジュン それで前にも一度ご紹介した気がしますが、こうして遊びは子どもの人生だと言ってきた歴史・文化・環境、それを今、誇らしく語っています。
ロ・ジョンソク 今日、AI Frontier co-host チェ・スンジュンさんの本当の職業を皆さんに公開しました。今日も多くの学びをありがとうございました。